不登校とひきこもりの時の気持ち 15~17歳(中学生・高校生)
中学校に通わなくていいというだけで、有頂天だった。
すっごく楽(!)で、ホッとしていて、心が晴れ晴れしていた。
その先に来る自分の内面の苦しみなんか全く頭にうかばなかった。
将来についても、まあ何とかなるさ。
いちいちうるさいんだよ、僕はこれが良いんだ
絶対てこでも動かないぞ!
こんな気持だった
15歳や16歳の人間が真剣に未来、将来、夢について向き合うことなんかなかなかないですよね。
僕は特に苦しい重いから逃れたいから不登校を選んだんであって、人生からドロップアウトしたつもりもなかった。
けれども、どんどん外に出るのがおっくうになっていった。
僕の経験では、人間は常に逃避し続けるとますますあらゆることが怖くなります。
不登校の子供を受け入れるフリースクールはとりあえず通っていたけれど、買い物とか何か見にいく、イベントに参加するなんていったことは、心が動かなかった。
やっぱり、自分は自分の心に十字架を背負わせていたということか。
中学校すら満足に通えない後ろめたさ、なにか楽をしているというばつの悪さ、親に申し訳ないということ、同世代の奴らが友人や恋人をたくさん作ってエンジョイしていることを思い浮かべたり、駅前で学生が楽しそうにわいわいがやがややっているのを眼にすることも、非常に気分が悪くなった。
劣等感!! コンプレックス!! 苛立ち!!
それが僕の心のすべてを表現していると思う。
スポーツも勉強に関しても、劣等感を感じる必要はなかったけれど、人間関係というやつだけは、僕は全くのネンネエで、自分でも歯がゆい思いをしていた。
みんなと楽しくやりたいくせに、どうしてもできないから、劣等感は真冬の北海道の降雪のようにどんどんつもっていった。
僕に春なんか来ない。
最初のノビノビとした心に次第に影が忍び寄ってきた。
そんな憂鬱な観念にとらわれるようになり、外に出ることがすっかり怖くなってしまったのだ。
プチ鬱ってやつ
同世代の人間と会うのが特にいやだったし、劣等感故に、女性恐怖症にもかかってしまった。
男子校だったのが災いして、ますます異性と接することから遠ざかった上に、いまはフリースクール通いという体たらく。
何をしているんだ? なんで生きているんだろうか?
みんな楽しそうだ。ちゃんと学校も通っているし、少なくとも社会生活を送っている。
たくさん色々な経験をして、たくましくなっていくんだろうな。
夢もできて、彼女もできて、思春期で経験するあらゆることをむさぼり尽くすように楽しんでいくんだろうな。
心が重く、苦しくなって、頭も物理的にいつも緊張して痛くなってしまった。
精神的なものと頭の重さ、痛さのダブルパンチで、すっかり元気がなくなってしまった僕は、形式的に高校に上がることだけをして、鬱屈した青春を過ごさなければならなかった。
鬱屈した人間の考えることは、鬱屈した考えしかない、と誰かが書いていた。
まさしくその通り。
だからといって、もとのとおり中学校や高校にちゃんと通えば、全部元に戻るかというと、それの方が地獄だった。
逃げ場がないことに気づいた。
親や不登校を端から見ている人は、逃げ場があるから不登校になっていると言うけれど(つまり甘え、ずぼら)、実はそうじゃないと気づいていくものだった。
不登校になっても楽な生活は続かず、心が追いついてこなかった。
でも、登校してもきつすぎる。
どこにも逃げ場なんて無かった。
自分が強くなってたくましくなっていくしか道はなかった・・・・
ねこすけ
すっごく楽(!)で、ホッとしていて、心が晴れ晴れしていた。
その先に来る自分の内面の苦しみなんか全く頭にうかばなかった。
将来についても、まあ何とかなるさ。
いちいちうるさいんだよ、僕はこれが良いんだ
絶対てこでも動かないぞ!
こんな気持だった
15歳や16歳の人間が真剣に未来、将来、夢について向き合うことなんかなかなかないですよね。
僕は特に苦しい重いから逃れたいから不登校を選んだんであって、人生からドロップアウトしたつもりもなかった。
けれども、どんどん外に出るのがおっくうになっていった。
僕の経験では、人間は常に逃避し続けるとますますあらゆることが怖くなります。
不登校の子供を受け入れるフリースクールはとりあえず通っていたけれど、買い物とか何か見にいく、イベントに参加するなんていったことは、心が動かなかった。
やっぱり、自分は自分の心に十字架を背負わせていたということか。
中学校すら満足に通えない後ろめたさ、なにか楽をしているというばつの悪さ、親に申し訳ないということ、同世代の奴らが友人や恋人をたくさん作ってエンジョイしていることを思い浮かべたり、駅前で学生が楽しそうにわいわいがやがややっているのを眼にすることも、非常に気分が悪くなった。
劣等感!! コンプレックス!! 苛立ち!!
それが僕の心のすべてを表現していると思う。
スポーツも勉強に関しても、劣等感を感じる必要はなかったけれど、人間関係というやつだけは、僕は全くのネンネエで、自分でも歯がゆい思いをしていた。
みんなと楽しくやりたいくせに、どうしてもできないから、劣等感は真冬の北海道の降雪のようにどんどんつもっていった。
僕に春なんか来ない。
最初のノビノビとした心に次第に影が忍び寄ってきた。
そんな憂鬱な観念にとらわれるようになり、外に出ることがすっかり怖くなってしまったのだ。
プチ鬱ってやつ
同世代の人間と会うのが特にいやだったし、劣等感故に、女性恐怖症にもかかってしまった。
男子校だったのが災いして、ますます異性と接することから遠ざかった上に、いまはフリースクール通いという体たらく。
何をしているんだ? なんで生きているんだろうか?
みんな楽しそうだ。ちゃんと学校も通っているし、少なくとも社会生活を送っている。
たくさん色々な経験をして、たくましくなっていくんだろうな。
夢もできて、彼女もできて、思春期で経験するあらゆることをむさぼり尽くすように楽しんでいくんだろうな。
心が重く、苦しくなって、頭も物理的にいつも緊張して痛くなってしまった。
精神的なものと頭の重さ、痛さのダブルパンチで、すっかり元気がなくなってしまった僕は、形式的に高校に上がることだけをして、鬱屈した青春を過ごさなければならなかった。
鬱屈した人間の考えることは、鬱屈した考えしかない、と誰かが書いていた。
まさしくその通り。
だからといって、もとのとおり中学校や高校にちゃんと通えば、全部元に戻るかというと、それの方が地獄だった。
逃げ場がないことに気づいた。
親や不登校を端から見ている人は、逃げ場があるから不登校になっていると言うけれど(つまり甘え、ずぼら)、実はそうじゃないと気づいていくものだった。
不登校になっても楽な生活は続かず、心が追いついてこなかった。
でも、登校してもきつすぎる。
どこにも逃げ場なんて無かった。
自分が強くなってたくましくなっていくしか道はなかった・・・・
ねこすけ