僕が不登校になってしまったワケ コミュニケーション能力の不足

不登校の人の決定的弱点 コミュニケーションに極度の苦手意識

この記事では不登校の人とコミュニケーションに関する僕の体験談を掲載しています


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不登校といっても、十人十色の原因があるでしょうね。

同じ不登校仲間を見ても、神経症が原因だとか、親同士が仲が悪いから心を閉ざしたとか、精神的虐待のせいとか、いじめとか、担任の先生によってとか、人間不信とか、たくさんありました。

僕の場合は、人間不信という奴ですが、そもそもコミュニケーション能力が圧倒的に劣っていたから、という理由が一番しっくりきます。


集団生活たる学校で、まったくコミュニケーションがうまくいかないで、人間関係を作れなかったから、完全に浮いた存在になり、担任も僕をもてあましていました。

よく言えば個性のある人間でもありますが。

でもその個性すら押しつぶしていたら、心が病んじゃいます。


少数の友達はいましたが、親しいというよりは、ただつきあっていたというだけだったし、その他大勢のクラスメートからは、あからさまじゃないにしても、仲間はずれにされていました。

小学生の時からです。

浮いた人間でした。

物心ついたときは、活発だったそうですが、集団生活になじめず、どんどん人間不信になっていきました。

とまどいがとまどいを生み、生きづらくなっていったのですね。

家の外という厳しい環境に耐えられるだけの強さや思考の柔軟性がないまま、学校に行ってしまったんです。


そもそも父親も母親も人に構えて生きてきたこともあって、そういう雰囲気のなかで育ってしまったので、開けっぴろげな性格になれということ自体無理でしょう。

それが僕の世界でしたから。

親の性格はすっごく影響を与えます。

(不登校を克服し、完全に立ち直って、今親になった僕はそのことをつくづく感じます)

なんでみんな仲良くやれるのか、さっぱりわかりませんでした。

楽しそうに話したり、円滑なコミュニケーションができる人を見ては、別の人種だと思ってました。

コミュニケーションをとれるスキルも経験も無に等しかったです。

それがだんだん身に付くようになったのは、高校3年の夏でした。

学校に通ってない不登校野郎だったんで、17歳ですね。

立派なヒッキーでした。

ひきこもるとコミュニケーションがもっとできなくなり、同じ境遇の子と少しでも繋がっていたほうが絶対にいいと思います。


僕が不登校になりつつもコミュニケーションをとることに自信をつかみとることができた出来事もこのブログで書いています。


大きく人生を変えることがあり、僕に足りなかったコミュニケーション能力を身につけることができるきっかけがありました。

だからいくらでも挽回はききます。


同時に挽回しないと、あっという間に30代、40代と年だけを重ねちゃう。

怖いことだけど、いくらでも巻き返すことができることは確かです!


もし人間関係を作る能力やコミュニケーションができないままだったら、ずっと人間不信と、人間関係をまともに作れないまま、いじけて今に至っていたでしょうね。

人間がいるかぎり、コミュニケーションをとらなければいけない。

それができないと、地獄で生きているのと同じかも知れません。

僕の半生がそうだったし、今もたくさんの人が地獄でしょう。

だいたいコミュニケーション能力がある人が、ひきこもりになりようがないですからね。

人間がいるから関係をうまく作って生きなければいけない。

なのに、人間不信で生きていたら苦しいことばかりです。

そんな人生でした。


それに孤独になれていたつもりでも、孤独が楽しいわけはないです。

人間関係に苦しめられるより孤独に生きた方がマシといっただけです。



そう、この世はすべてコミュニケーション!!!

不登校だから、引きこもりだから、コミュニケーション能力がないからといって、その能力をおろそかにはしないでください。

と、その能力ゼロだった男がこんなことを言うんだから、あたってます。

自信がありますよ

コミュニケーションをとるということは、相手がいるということですよね

だから、相手(人間)ってどんなものかよく知らなければいけないと思います

そういうことを身につけていったのが、不登校と神経症を克服させてくれた岩波先生のもとに通ったからです。

もともと不登校脱出、生きにくい自分を変えるために通っていたんですが、結局そこだ!と思い知りまして、人間関係をどうやってうまく作っていくか興味が移りました。

そのスキルがついていったとき、不登校からも抜け出せましたし、大学に遠回りながらも通うことが出来ました。

それに社会でばりばり働くことが出来たわけです。

今では結婚して子供もいますし、友達もたくさんいます。

それに孤独じゃありません。

いつでも人間関係を作ることができるっていう自信があるからですね。



一も二もコミュニケーション能力、三四もコミュニケーション能力。

それに尽きると思います。

僕が不登校になったのも、苦しんだのも、落ち込んだのもすべて、スキル不足でしたし、立ち直れたのも、それへの自信ですね。

営業職でバリバリ働くことが出来ているのもそうです。


だからこの世はすべてコミュニケーション能力! というわけです。

そして、その能力が皆無でも必ず身につくことができるし、自信もつきます。

僕ができたことですから。

大丈夫、必ずやれますよ!!


【追記】

コミュニケーション能力は不登校になっても向上させていくべきものです。

不登校になったらひきこもって、家族以外とは話さなくなります。

コミュニケーション能力は人と話すことで、相手の心理もわかったり、相手の喜ぶことがわかるので、コミュニケーションを取れば取るほど上達します。

だから、不登校になってもいい、ひきこもってもいい、でも誰かと必ずコミュニケーションを取ってください。

同じ境遇の人(できれば、不登校をしているけれど夢を持っている人)とどんどん話してください。

自分の殻に閉じこもらないことです。

不登校になるのは、その環境が合わなかっただけです。

そこにいる人間と反りが合わないなんていくらでもあるので、自分を否定しないでください!

別の環境にいけば、きっと自分を出せるいい人間関係ができます。

当然良いコミュニケーションを取れます。

狭い世界だけで判断して、自分の可能性を制限しないでください。

常にいつでもコミュニケーション能力だけを磨こうとしてください。

たくさんその手の本を読む、コミュニケーション能力に長けている人のエッセンスを盗むなどして研究してください。


不登校でもいつかやっぱり人と関わらなくちゃいけないです。

今は休んで結構。不登校を僕は否定しません。じゃんじゃん休みましょう!

でも、牙だけは磨いておきましょうね。

とても参考になるコミュニケーション能力に関する文章があります。
ぜひ読んでみてください。

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